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三重カンツリー Par72 |
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クラブハウスを出て1番スタートへ急ぐ橋の袂に、ゴルフ地蔵が佇む。建立したのは、このコースの設計者・保田与天。「球悦に浸る時こそ危ふき哉」に 三重県三重郡菰野町大字千草。三重CCの所在地「千草」は、戦前の陸軍千草演習場で、クラブハウスの場所となった旗等高地が司令部跡だった。 昭和32年菰野町役場、千草財産区管理会、三重交通の間で、財産区の売買、賃貸借契約が結ばれ、そこからゴルフ場計画が生まれた。 昭和34年2月6日株式会社三重カンツリークラブ創立総会、資本金2000万円、社長・安部正敏(三重交通社長)、昭和35年7月20日、 工事終了を前に、プライベート制かパブリック制かで意見が分かれる。保田が「川奈ホテルゴルフ場に習って少数の会員を募集、運営の 同年11月3日湯の山ゴルフ俱楽部が発足(昭和41年三重カンツリークラブに名称変更)。 昭和35年10月2日本開場。保田与天は名誉書記として運営を担当。昭和44年1月9日、80年の生涯を終えるまで三重CC、菰野を 「美しい日本のゴルフコース」より・・・ |