宝塚ゴルフ俱楽部

OLD 6201y(6007y) PAR70 / NEW 6728y(6429y) PAR72


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15年前、平成7年1月17日の阪神淡路大震災では、新コース13番フェアウェイが地滑りを起こし、土砂が11番グリーンを覆うという被害を蒙った。
だが復旧は後回し、翌日からクラブハウスの大浴場を近隣被災者に開放、1日に600名が列を作った。井戸水も市民に供給、
それはテレビ報道され感動を呼んだ。

宝塚GCは、大正5年宝塚ホテルに付設された3ホールの練習コースから始まる。設計はプロ第1号福井覚治。人気が出て昭和2年
6ホール、9ホールと拡張。ホテルから独立、宝塚カンツリー倶楽部となった。入会金は、茨木CCが500円の当時僅か30円だった。
宝塚育ての親、広岡久右衛門は「サラリーマンにもゴルフの扉を開いた」と語っている。

昭和4年広岡設計の第2次9ホールが完成。18ホールとなる。この際C.H.アリソンの助言があった。

太平洋戦争中、軍に接収直前に終戦。宝塚ゴルフ俱楽部で復活。米軍接収。完全返還は昭和25年11月。

昭和28年から動き出していた新コースの18ホール(大橋剛吉設計)は、ようやく昭和35年5月14日開場。大震災の傷痕は、
服部彰改造設計で、禍転じて福となすの例の通り、全36ホールが1ベントグリーンに生まれ変わった。

回るなら、長いスロープ上に造られた旧コースだ。半分はティからグリーンへダウンヒル、残りはアップヒルが続く。
ヤーデージによる難易度とは違うもうひとつの難度をもつ唯一のコース。

「美しい日本のゴルフコース」より