西宮カントリー倶楽部

6704y Par72


左画像は16番ホールに
向うのに、コースを横切る
道路を越えて行くカートの
通路です。

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西宮CCは“関西の小金井CC”

ひと昔前、西宮カントリー倶楽部は、“関西の小金井CC”と言われた時期があった。小金井CCは、
関東地区会員権市場で、相場値トップを他に譲ったことがない。関西でも、西宮CCがそうだった。今はどうだろうか。

関東地区では、今も小金井CC4400万円で第1位、以下2位よみうりG2500万円、鷹之台CC1700万円の順、関西地区も、
西宮CC800万円でトップ、以下奈良国際GC750万円、宝塚GC600万円の順で、やはり依然として西宮CCが第1位である。
 第1位西宮CCと3位宝塚GCは、生垣ひとつを境にした隣同士のゴルフ場である。そしてともに畿内1、2位の名門・人気倶楽部である。
その秘密は何か。東は商工業都市の大阪、尼崎、西は国際港湾都市神戸に挟まれた芦屋、宝塚、西宮の3都市は、戦前、
戦後を通して“阪・神間モダニズムの街”として羨望の眼で見られてきた。西宮CCと宝塚GCはそれら3都市の上方に
隣り合って展開している。上流階級というゴルフの高級需要が目の前に広がっているようなものであった。

西宮CC一番人気の秘密

 西宮市の西北甲山の麓は、昭和27〜29年頃には、伊丹の警察予備隊(現在の自衛隊)の演習に使われることが多く、
遂には、正式演習場にしようという動きが出ていた。当時の西宮市長辰馬卯一郎は、大慌てした。
 戦前の西宮市は、ハイカラなライフスタイルの都市として人気を集めていたが、昭和20年8月5日の米機大空襲で
市街地の60%を失った。その復興が、辰馬市長の第一の政治目標だ。彼は、観光文化都市構想を立案、その一環として
甲山ゴルフクラブを造る計画があった。大慌ての辰馬市長は、「そこにはゴルフ場計画がある」と抗議。市が中心の建設計画
だから公益法人がふさわしいと早速に申請書を提出、僅か2週間で、昭和29年11月30日社団法人西宮カントリー倶楽部の
認可を獲得して見せた。さらに市長自ら陣頭に立って、「入りなはれ」「入りなはれ」と、会員募集に走り廻ったと、
50年史が書き止めている。

起工式は、昭和29年10月13日。コース設計は、井上誠一。コース予定地を初めて視察した井上は、「私の第一印象は之は
とても大変な仕事だということだった」と後で会報『西宮』に書いている。用意された18万坪には、仁川の河川敷、
宝塚〜六甲道路の一部、使いにくい急傾斜面なども含まれていて、利用できるのは16万坪、しかも花崗岩地帯の土質だ。
5000ヤード級の18ホールがやっと、そこに井上が苦労して6646ヤードの18ホールを描いたのは、西宮市の中心から僅か20分、
京阪神の大都市からも交通至便、標高200〜250メートルの高燥地で、六甲の山なみを背に、東南方に大阪平野を見下す眺望など、
高いコース利用率が期待できたからだった、と設計者は告白している。


 工事は意外に順調、昭和30年11月17日、9ホールを仮開場。始球式で、最初に甲山(かぶとやま)大師の方向へ祈ってから、
ドライバーを振ったのは、コース建設、会員募集に奔走した辰馬市長だった。ゴルフボールを触ったこともない人だった。

本開場は、昭和31年4月15日。高麗芝とイタリアンライグラスの2グリーン、打ち上げ9ホール、打下し5ホール、フラット4ホールの
コースが生れた。予断を持たずに回った印象は、やや狭いが各ショット考えさせられる18ホールで、アウトは変化はあるが
仁川を挟んだガーデンコースタイプ、インコースは、急斜面利用の打ち下しや崖越えもあり変化が魅力だった。

設計者は、12、13、14、16番ホールを併行折り返しにしたことを気にしているが、最終的には16万坪に6600ヤード級の18ホールを
つくるには、「このレイアウト以外に良策はない」と言い切っている。筆者の印象では、中級ハンディの熟練プレーヤーには、
考えて、攻めておもしろい一級品という結論である。初代理事長和田薫(阪急電鉄社長)は、「やさしいコース、ファミリーなクラブハウス、
婦人のプレーを制限しないクラブ」と、ユニークな名門宣言をしている。

端正に生れ変った“1グリーン西宮CC”

開場から50年。平成18年、開場50周年事業として、井上誠一設計の2グリーンは、全18ホールを、ベント(L93)ワングリーンに
全面改造された。改造設計は、廣野GC改造を手がけた大橋一元(廣野GCキャプテン)。

井上設計は、二つのグリーンを振り分けた2グリーンだったので、サブグリーンを消去し、本グリーンを残せばいいという説も
あったが、会員93%の意見で、1月から6月までコースを全面クローズして、各ホールに新しいワングリーンが造られた。
新しいグリーンは、井上設計の本グリーンの姿を生かしながら、平均20%大きくした。それでも480平方メートルと平均より
小さめ、バンカーの数は83個で2グリーン時代と同じである。「グリーンの数は36から18と半分になったのにバンカーの数は83と
変わらず。その分グリーンまわりは厳しくなったということです」と、1ラウンド59のプロ記録を持っていた入江勉支配人は語っている。

14番グリーンは、奥の4分の1が向う下りになっていたが、20%エンラージしたことで向う下りの部分がより広く、
より急に見えるようになり、ピンが後に立ったときの緊迫感でさらに難しくなった。これらの結果、「西宮CCは難しくなった」と評判になり、
かえって人気が上ったそうだ。むろん狙い通りの効果も多かった。何よりもティからグリーンまでストレートに
見通せるホールが主流になった結果、以前よりも、各ホールが端正に見えるようになった。2グリーンで狭苦しかったグリーン
まわりも大ぶりとなり、花道はグリーン正面に広く、第2打点からのイメージメークが楽しいコースになっている。
 
所在地  兵庫県西宮市仁川町6−19−7
コース規模  18ホール・6704ヤード・パー72 
コースレート  72.4
設計者  井上誠一
開場日  昭和30年11月27日


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