有馬ロイヤルゴルフクラブ
ロイヤルコース

7148y Par 72


 


OUT IN

神戸市北区淡河町は、神戸の奥、六甲山の北麓に位置し、域内に神影、南僧尾、北僧尾という字名が残るように、歴史上いわくのある
土地である。神影の石峰寺は、西暦651年印度僧法道仙人の開基による名刹、丹生山の明要寺は、百済王聖明の王子童男行者の開基で、
淡河湖は百済人が干拓、南僧尾には今も百済からの帰化人の末裔が残るとか。大いに栄えて奈良時代には、淡河庄といわれた。

しかし昭和30年代には、幾つもの傾斜する小山に囲まれた小さな田と多数の池を抱えた純農山村に姿を変えていた。そして昭和45年
12月28日、ある人物が、ゴルフ場建設に動き出した。

大林健良。信用組合「大阪商銀」理事長、財界の顔とゴルフ上手で知られた人物だ。宝塚GC、奈良国際GC、大阪GC淡輪など名門コースの
メンバーで、ハンディキャップは12。毎週日曜日のゴルフは欠かしたことがないほど好きで、上手。ついには「自分のゴルフ場を
造りたい」夢が抑えられなくなったのだ。

資本金4000万円で(株)兵庫開発を設立。計画は27ホール。50万坪を99l、完全買収に近かった。近い将来、中国・山陽自動車道が
開通することも調べた。応援財界人も、越後正一(伊藤忠社長)、佐治敬三(サントリー社長)、永野重雄(新日鉄社長)、五島昇(
東急社長)と凄かった。

昭和46年3月1日コース造成着工。コース設計は、奈良国際GC、大阪GC淡輪のメンバーだから「頼むなら上田」だった。上田の高齢も
あり建設委員長として加藤福一が助けた。加藤は、六甲国際GCなど関西を主に16コース設計している。地形を見た加藤は
「いいコースができる」といい、大林社長は「いや日本一のゴルフ場を造る」ともう一段意欲的だった、と大林功社長は語っている。

昭和47年東、中コース仮開場、48年11月25日27ホールの本開場。昭和62年10月、日本オープンを開催、青木功が優勝。

ちなみに、現在の有馬ロイヤルは、ロイヤルコース7148ヤード・パー72(上田治設計)、ノーブルコース6856ヤード・パー72
(ロバート・ボン・ヘギー設計)の36ホールで展開している。平成6年9ホール増設に伴い、西コース9ホールもボン・ヘギーが改造、
編成替えしたもの。ボン・ヘギーは、設計の魔術師として人気があり、日本でも河口湖CC、ホウライCCを設計。なおロイヤルは
メンバー中心、ノーブルは比較的オープンに運営されている。

関西オープン2回、サントリーレディスは8回連続開催中。トーナメントで社会貢献と、そのトップランをめざしている。

(田野辺 薫氏の「ゴルフの歴史を歩こう。」から)


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